2025年6月23日月曜日

結局は試合に出ればよかったのか・・・

各地区の選抜チームが最終的に目指す大会が行われた。


猛暑の中だったが、近くに川がある、田舎の球場なので、風はまぁまぁ気持ちよかった。


地区でいろいろとあり、20年以上続いた選抜チームが昨年度、消滅した。

その後、新しいチームができ、我が地区の選抜チームはそこに負けてしまった。


ベンチ入り人数以上にメンバーがいた。

また、保護者も大勢来ていて、統制された応援を繰り出していた。


伝統あるチームが解散、消滅するきっかけとなったのは、伝統あるチームにらしからぬ行動があったからだ。

それがきっかけとなり、チームの在り方が地区の代表から問われ、保護者からも意見があったと聞いている。


そういったこともあり、チーム名を変えて、新たにスタートしたのだが、スタートのしかたも、そういった経緯などはなかったかのように始まった。

いろいろなところにきれいごとを伝えながら。


それなのに、保護者が盛り上がっている。応援を楽しんでいるように見えた。


この地区の在り方について、自分も含めた他地区の役員は、召集されて意見を求められたりと、ある意味迷惑を被ってきた。

それなのに、選手は試合ができたこと、勝利できたことに喜ぶのはいいことだが、大人たちが歓喜するのはどうなのだろうか。


参加させていただいた、感謝は感じることができなかった。

自分の地区が負けたから、妬みになってしまうから、あまり大っぴらに言えないが、自分は応援できない。

2025年6月20日金曜日

中体連地区大会が終了

今年度から、支部大会がなくなり、地区大会からとなった。


その大会が本日終了。

地区で一番いい球場での最終日だった。

最終日は真夏日。

2日目も真夏日だったが、風が吹いていて、それほどではなかったが、本日はほぼ無風。

熱中症の危険性があったが、選手控え室を開放し、エアコンをつけるなどの対策をしたからか、具合が悪くなる選手はいなかった。


実は、我がチームは2日目に敗退。


5点取られた最終回に5点をとって追いついたが、裏に満塁策から三遊間を抜かれたタイムリーでサヨナラ負け。

負けたことはしかたがないのだが、負け方が悪い。


23塁からスクイズを外し、3塁ランナーを挟んだが、3塁に追い込む前に投げてしまい、結局暴投。

暴投をしたのは自分中心の行動が多い選手。

技量はあるのだが、やはりそういったところできちんとできない。

自分が優位になるように、他を下げすましたり、指摘されたことには自分が正当性を訴えるため、言い訳をしたり。

最後のさよならタイムリーもその選手が打たれた。

きっかけはフォアボールとワイルドピッチ。

1アウト3塁になったため、2人に申告敬遠をしたのだが、満塁というプレッシャーに耐えられず、ストライクをとりに行った投球を打たれた。

23塁の暴投がなかったら、最終回の5点で逆転をしていた。

勝ち越していれば、強気のピッチャーにも交換できたのだ。


もう一つ、今度は攻撃。

最終回の1点様で追いついた1アウト12塁で9番にバントをさせたら、キャッチャー前になってしまったが、キャッチャーが3塁に暴投。

2塁ランナーは3塁セーフ、一気にホームかと思われたが、ちょっとスタートして戻ってしまった。

足の速いランナーである。

ホームでアウトになるのが怖く、チャレンジできなかった。

思い切りスタートすれば多分セーフ。

その後、1番の浅いレフトフライでタッチアップ同点となったが、その前にホームインしていれば同点、その後にタッチアップで逆転となっていた。

この選手も自分のことばかり気になり、周りが見えなくなってしまったり、変に他と迎合する選手。

アウトになったらどうしようという心理が瞬時に働いてしまったのだろう。

自分可愛い選手は、大事なところでチャレンジできない。

そういった選手が最上級生に多いチームだった。

ちなみに、それがいいという保護者もいたからタチが悪い。


負けたということより、指導しきれなかったことに悔やむ。

2025年3月20日木曜日

部活動地域移行 部活指導したい教員もいる

部活動の地域展開について、なかなか教育界では進まない。

自分たちの地区でも、具体的な動きは示されていない。

予想されることは、部活動顧問は土日の活動には参加しない、という通達が出ることだ。

取り残されたチームと部員は活動が停止、または学校外部が引き受けるという事態が起こるだろう。


中学校において、部活動の存在は大きい。

生徒たちも、学校生活の意識の半分は部活動にある。


部活動の顧問もそういったつもりで指導にあたっている。

ほとんどの顧問は。


自分たちの地区ではいきなり教育委員会から部活動から引き剥がされる前に、準備をしておくことにした。

来年度(令和7年度)から指導することに決めた。


その基本的な考え方は、


<従来の部活動を残すこと>


一番大事にしたいことは、野球部を指導したいという思いを持った教員を救うことである。


教育委員会から通達が出されてしまえば、それに従わなければならない。

その前に動きたい。


平日は学校で部活動、休日は地域部活動となると思うが、地域部活動も同じチームで行えること。

つまり、学校部活動と同等の活動ができるようにする。


指導の一貫性を守るのだ。


しかし、休日もチームを継続して指導したいという野球部顧問はどのくらいいるのだろうか。


7割ぐらいは指導したいと思っていると思うが、わからないので、4月に独自にアンケートを採る予定だ。


休日は指導しないという顧問のいるチームを継続させる体制づくりをして、やりたい顧問をやらせるという考えだ。


部活動指導をしたくない、負担に感じている教員もいるが、部活動指導に生きがいを感じている教員もいるのだ。


やりたくない人に合わせていこうという考えには、納得がいかない。

棲み分けを円滑に行う第一歩だ。


2025年3月18日火曜日

地区の部活動地域展開 ある支部の校長と相談協議


自分の地区の部活動の地域展開の準備を4月からスタートする。

3つの支部に分かれているが、今日はその一つの支部の青写真の打ち合わせにいってきた。


支部の学校の核となる中学校の校長先生と話をしてきた。

ちょうど、支部の各部活動を地域部活動にしようと考えているところということを聞きつけたからだ。


同級生ということもあり、相談・打診しやすいと思ったこともある。


その支部は10校弱の野球部があるが、そのほとんどが単独チームの存在に四苦八苦している。

いわゆる郡部の支部だ。

ほとんどの学校は生徒数も少ない。

そのため、野球部としてチームを組むのが厳しいのだ。


毎年、合同チームの組み合わせに頭を悩ませている。

合同チームを組むのには、人数の規定があるためだ。

そこで、合同チームという枠ではなく、クラブチームという扱いでチームを構成しようというもくろみだ。


学校の枠を離れたグラブではない。

学校の枠を残したクラブを作るのだ。


この支部の学校は生徒数が今後も減少していくことが予想される。

つまり、野球部の人数も大幅に増えることは考えにくい。

せいぜい現状を維持する程度であろう。

そのため、支部の学校の野球部をひとまとめにし、クラブとしようということだ。


チーム数は2から3。


こういったことが可能なのは、自分たちは顧問の会を作っており、顧問同士が連携して大会や事業を運営しているので、顧問同士で連携がしやすいのである。

もちろん、支部の顧問同士で支部クラブチームの相談はしてある。

あとは、各学校内部でクラブの活動を認知してもらえれば、スムーズに活動ができると思われる。


学校(行政)というのは何かを始めるにはとても難しいところがある。

抜け駆けは潰されることがほとんどなのだ。


今日相談にいった校長先生が、支部の各校へ伝達をしてくれるとのことである。

どの学校も部活動の存続と地域展開については頭を悩ませているところなので、うまく行くのではないかと思われる。


一歩前進。

止めずに進めていく。

2025年3月15日土曜日

部活動の「地域移行」から「地域展開」へ

<部活動の地域移行>という名称が<部活動の地域展開>という名称に変わった。


地域移行だと、地域に丸投げをするという印象があるから、地域にすべてお願いするのではなく、学校だけで囲っていたことを、地域とともに取り組んでいこうという考えがわかりやすくするための名称変更であるようだ。

 ほとんどの人たちは、今まで部活動が担ってきたスポーツ指導を、<学校が放棄する>というように思っているようだ。

 部活動に携わる者としては、「ちょっと待ってよ!」という思いがあった。
 そう思っている部活動従事者はたくさんいるということだろう。

 部活動の地域移行が叫ばれて、教員は部活動に縛られて辛い思いをしているというように思われていたが、そうではないということがスポーツ庁にも伝わったのだろう。

 しかし、そのことは一部の人たちの認知だけで、ほとんどの人たちは<学校の部活動はなくなる>と思っている。

 そのことが、今後大きな軋轢を生むことになるだろう。

 実際、昨日そういった話があった。
 特に野球においては、<自分が教えれば強くさせられる>と思っている人はたくさんいる。 それは昔からそうだった。
 それが部活動の時間が制限されて、生徒たちの自由時間が増えた。
 そこにつけ込んできたのだ。
 練習をしてくれることはたいへんありがたいのだが、自分たちだけでやりたいという思いが強いようだ。

 指導したいというほとんどの人は、自分だけでやりたいという思いだろう。
 地域のため、未来のため、協力してやろうという思いはサラサラない。

 誰かが、どこかの機関がきちんとコントロールしなければ、「自分がやる!」というグループが乱立し、収集がつかなくなってしまうだろう。
 それをコントロールしていたのが学校部活動であった。

 しかし、スポーツ庁も含めた行政側は理解していない。
 特にスポーツ庁においては、中央の環境を参考にしているので、地方の状況をほとんど考慮していない。

中央から降ろされた案件を、それぞれの地方が実態に合わせて変更をすべきなのだが、それができる能力がない。
残念。
それなら、私たち現場にさじを投げてもらえばいいのだが、それもできないでいる。
どうしたもんかと悶々としている状態である。

そのため、広報も足りず、それぞれが予想のもとに少しずつ動きが広がっている。
悪い方向に広がっている。

まあ、自分たちは、自分たちのできることを粛々と行うだけだ。

前述した、練習会を行っている保護者グループの中心たちは、今後、クラブチーム化も視野に入れているとのことである。

選手の取り合いになったり、指導者同士で指導方針の批判試合になったりと、いろいろと問題が発生する可能性があるから、私たち顧問の会のもとでやらないかと打診をしたが、見事断られた。

自分たちが自由にやりたいのだ。
生徒たちのため、とは言っても結局は自分たちがやりたいということなのだ。

打診をして、そういった回答だったので、勝手にやらせておくことにする。

部活動の文化を残すことは、スポーツを通して教育をし、地域の活性をはかり、選手としての生徒に自信をもたせ、将来の人材を育成することにつながる。

こういった考えのもと、自分のやるべきことを粛々と進めていくだけだ。

2025年1月25日土曜日

名将 逝く

 佐相眞澄 氏が先日お亡くなりになりました。

神奈川県立相模原高校 野球部 元監督でありました。

強豪揃いの神奈川県において、県立高校でありながら上位に食い込むチームを作られた監督です。

まさに公立の星!


佐相先生の名将足るところは、強いチームを作ったということだけではありません。


選手とのつながりだけではなく、保護者とも密につながり、大人も巻き込んだチーム作りをされていました。


そして、とても気さくで、私たちとも楽しく交流していただきました。


はじめは中学校の教員でした。中学校野球部の指導者から、高校野球の指導者へ転身し、しかも公立高校で結果を残されました。


死去される1ヶ月前までは相模原高校の指導を続けていたとのことでした。

体調が優れず、指導を辞任したのですが、復帰への意欲は強いものだったようです。

私もそのお話を聞いた時は、佐相先生なら復帰する、と思っていたところでの訃報でした。


私にとっては、部活動野球の星であります。

残念であります。


野球の指導では佐相先生の足もとにも及びませんが、野球がまた盛り上がるよう、天国から見守ってください。


心からご冥福をお祈りいたします。

2025年1月12日日曜日

野球部 地域移行について うちの地区のかたち

 部活動を地域に移行するといわれてしばらくたつが、徐々にその動きは進んでいるように感じる。



そこで、現在地区で野球独自に取り組んでいこうと考えていることを記載する。


まず、部活動のメリットを最大限残すことを考えている。


部活動のメリットとは、「教育」である。

野球を通して人づくりをするということである。


部活動を含めて、チームとして指導している目標は「勝利」である。

しかし、それを「目的」にするのではなく、目的を「人づくり」とするのである。


部活動は学校教育の一環であるため、教育活動の中で「人づくり」が重視されている、はずである。

しかし、評価はチームの成績になってしまっているきらいがある。


例えば、高校野球でも甲子園に出場するチームは大きくクローズアップされ、全国制覇を目指して取り組む姿が感動を呼ぶように広報されている。

オリンピックにおいてもメダル数がクローズアップ。金メダルを取った選手は英雄視されている。


そういった風潮があるため、中学生チームも「勝つチーム」が偉くなってしまい、それを求めて指導を繰り返してしまう。


しかし繰り返すが、部活動の目的は「人づくり」である。

「勝利」を目的になってしまっているチームでも「人づくり」の目的は少なからずともある。

自分の感触だと、勝ちに走っているチームでも30%ぐらいは「人づくり」の指導はしている。

特に野球は失敗がたくさんあり、それにくじけず最後まで希望を捨てずに試合を続けることが「勝利」につながることが多いので、「人づくり」の指導をしなければ「勝利」もつかめないスポーツであるという特性があるからだ。


部活動の顧問は教員であるので、教育のプロである。

教員は教科指導だけではなく、生活指導もしていかなければならない。

そういった指導のプロが「教員」である。


つまり、学校から部活動がなくなっても、野球を通した人づくりをしていかなければ、将来の人材育成ができないというわけだ。


そのため、野球部の地域移行においては、部活動のそういった部分を残していこうと考えている。


幸いなことに、我が地区では休日も野球指導をしていきたいと考えている顧問は多いようである。

正確にアンケートを取ってはいないが、教育委員会のアンケート結果を見ると、野球部顧問の休日指導希望は、他の部活動に比べて圧倒的に多い。


その顧問を地域部活動の指導者として登用していくのである。

もちろん、自分の学校のチームを継続して指導したいと考えているので、地域部活動のチームも学校ごとにしていく。


今までと何ら変わらない形で進めていこうと考えている。

結局は試合に出ればよかったのか・・・

各地区の選抜チームが最終的に目指す大会が行われた。 猛暑の中だったが、近くに川がある、田舎の球場なので、風はまぁまぁ気持ちよかった。 地区でいろいろとあり、20年以上続いた選抜チームが昨年度、消滅した。 その後、新しいチームができ、我が地区の選抜チームはそこに負けてしまった。 ベ...