2025年12月27日土曜日

チームワーク


チームとして仕事をすることを<チームワーク>という。

チームワークがいいチームは、チームとしていい仕事ができるということだ。
まずはいい仕事とはどういったことだろうか。

その前に、仕事とはどんなものかを明らかにしていこう。

守りでは、アウトを重ね、失点を抑えること。
バッテリーによる三振。
守備による打球アウト。
走者をアウトにするなどもある。
また、進塁を最小限に抑えるということもある。
目的はホームベースを踏ませないで失点しないことだ。

攻撃では、得点をすること。
ヒットを打つ。
四球などで出塁する。
進塁をする。
目的はホームベースを踏んで得点をすることだ。

また、失点より得点をするという、試合全体の目的もある。

カットプレーやゲッツーなどのほかは、ほとんど単独のプレーであり、個人の仕事であると思われるが、例えばピッチャーが三振を取るようなボールを投げるためには、三振を取るという意思が必要であり、その意思を持たせるために、ベンチにいる選手が声で力づけるといったことも必要であろう。

バッターが打ったあとのバット片付け。(バット引き)
守備に移る時のグラブ渡し。
水分補給ができるようにベンチの整理整頓。
などなど。

守りに入っている選手が気持ちよくできるようにすること。
打席に入った選手が目的に打撃ができるように集中できるようにすること。
塁にいる走者が進塁のためのスタートに集中できるようにすること。

そういった環境づくりも試合を作っていくためには必要であろう。
それぞれが役割を見つけ、その役割をきちんと遂行できること。
それが仕事(ワーク)である。

チームがその瞬間の目的を達成するために同じ方向を見て、同じタイミングでプレー(仕事)ができることがいい仕事(プレー)になるのである。

打球が飛んできた野手、打席に入った打者、塁にいる走者はやるべき仕事が明確である。
問題はそれ以外の選手が仕事ができているかということである。
野球は瞬間の力が大切である。
あれやれ、これやれと指示を受けてからでしか動けない(仕事できない)選手では役に立たない。

必要なことを先読みでき、行動できることが必要なのだ。
これは多くの試合経験をすることも大事であるが、日常生活でも身につけることができることである。

特に部活動野球選手は学生である。
学校生活の中で仕事ができるものになる鍛錬はいくらでもできる。
日常生活の過ごし方が、いい選手になるためには大事である、ということはこういった意味があるのである。

昨日は年最後の練習だったので、部室片付けを行ったが、残念ながら、見つけて動けない者が多すぎる。
これも何度も言わなくてはならないことなのだろう。

令和7年12月27日

2025年12月23日火曜日

選手の育成

部活動において、技術を磨くことも大事だが、人を育てることも大事である。

では、どんな人を育てるのだろうか。
結構、永遠のテーマであると思われる。

よく挨拶礼儀などと言われる。
果たしてそれだけでいいのか。

グランドの中では挨拶をするが、それ以外でも挨拶ができているのか。

礼儀正しいこと。
グランドの中では礼儀が正しいが、それ以外でも礼儀礼節を持って行動できているのか。

ONとOFFの切り替えが上手な中学生にとって、見せかけだけで行動することは得意なことである。

挨拶や礼儀だけで選手育成の評価をするのは危険である。
見せかけだけの人を育ててしまう。
その根底にあることを見据えていかなければならない。
見た目の評価ではダメなのである。
結果も出ない。

では、どのような選手を育成すべきなのか。

大きな枠組みで見ると、<信頼できる人を育てる>ということだろう。
では具体的には下のようなことだと思われる。

まずは、技術向上にとことん取り組めること。
自分のやりたいこと、目指したいことに対してとことん取り組む、自分を追い込める心を持っていることである。
将来、自分のやるべきことに身を粉にしても努力できるようにすることだ。
もちろん、身を粉にして取り組めるようになれば、それだけの成果が自覚できるので、その喜びを味わえるようになり、幸せな人生を送ることができるだろう。
将来つく仕事においても、とことん取り組み成果が出てくれば、大切な信頼をつかむことができる。

次に、思慮深いこと。
賢いということだ。
頭がいいということだ。
学校の成績ではない。
さまざまな知識を駆使して、課題をよりよく解決する能力である。
行動や言動がどのような結果を及ぼすのかをイメージし、そこに到達するためにどのような道筋をたどるべきなのかを自分の中で把握する能力である。
また、結果を予想し、どのような行動をすべきか、行動をしないべきかを判断、行動できること。
プレーにも生きてくる。
現在の状況を正しく理解し、そこにおいて自分がやるべきことを把握、そしてそれに基づいて行動をすることができるからだ。
当然、社会の中でも必要な能力である。
独りよがりの浅い考えのものが多すぎる。

そして、正直なこと。
まずは自分に対して正直なこと。
自分の行動を素直に受け止めることが、自分の課題を見つけるのに必要不可欠だ。
必要な課題を見つけられれば、努力点が浮かび出し、向上につながる。
自分の身を守るために誤魔化しをしてしまう者に向上は望めないだろう。
または、やりたいことだけに正直なものも、かたわな向上しかしないため、チームにとって必要な選手にならないだろう。
正直に表現をするということではない。
自分に正直になり、向上を目指せるということだ。
また、正直に取り組める者は信頼を勝ち取ることもできる。

最後に、仲間意識が強いこと。
仲良いメンバーだけではない。
所属している者全員に対して仲間意識を持てることだ。
自分に合う、合わない、気にいる、気に入らないといった繋がりではない。
そんなことも理解して、所属している集団の仲間意識が強いことが必要である。
仲間であるため、繋がりを持っていられることである。
迷惑をかけない、集団に貢献をする、助け合いができる、などなど。
社会に出ても必要なことである。
1人では何事も成し遂げられない。
誰かと繋がりながら、生きていくのが人である。
その一員として、正しく所属できるようになるだろう。

令和7年12月23日

2025年12月3日水曜日

集団がまとまるということ


部活動などにおいて、とても怖い指導者がいて、それに対抗するために部員がまとまるということがよくあった。
指導者も意図的にそういった状態を作ることもよくあった。
つまり、部員たちが一致団結すればチームとしては力が発揮できるからだ。
できれば指導者もその中に入って、指導者も含めて一致団結すればよりチーム力は上がるが、なかなか難しい。
大事なことは部員がまとまること。
そういった状態を意図的に作り出すために、嫌な指導者を演じることは、チームづくりの中であることである。
最近、逆のことを目の当たりにしている。
生徒を悪者にして、教員の集団がまとまるという事態だ。
その生徒もなかなかいうことを聞かないので、致し方ないのだろうが、ちょっとした行動でも引き合いに出し、それを話題にして教員がまとまるという事態だ。
なんとも悲しい。
生徒の人間関係が希薄になってきていると言われて久しいが、教員の人間関係も希薄になっているから、何か共通の敵がいないとまとまることができないのだろう。
それほどまでしてまとまる必要があるのか。
居心地のいい職員室。
生徒を苔落として、大人がまとまる。
学校を批判する話題でまとまる保護者たちと一緒だ。
世の中がそうなってしまっているのだろう。
少なくともそんな集団の一員にはなりたくない。

令和7年12月3日(水)

チームワーク

チームとして仕事をすることを <チームワーク> という。 チームワークがいいチームは、チームとしていい仕事ができるということだ。 まずはいい仕事とはどういったことだろうか。 その前に、仕事とはどんなものかを明らかにしていこう。 守りでは、アウトを重ね、失点を抑えること。 バッテリ...